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 長身で柔和、丁寧な物腰。出演者はもちろん、私たち運営スタッフの要望や相談を聞いて、真摯に臨機応変に対応くださいます。出演者、演奏曲などのコンサート内容やホールの環境を考慮した調律作業から、コンサートで主にピアノにまつわる様々な事柄に注意を払ってくれます。出演者からの評価も高く、シン・ムジカも玉川さんから多くのことを学ばせていただいています。
  (インタビュー:2015年7月25日) -文・構成・写真= 蓑島晋・畑中洋子(シン・ムジカ)-




■出会いとお互いの印象
― 最初にお会いしたのが何時かはっきりと覚えていないのですが、大久保混声合唱団の2006年か2007年の演奏会、石橋メモリアルホールだったかと思います。

玉川育哉(以下「玉川」)  私も分かりませんが、たぶん大久保混声合唱団さんですね。

― ですよね。演奏会のピアノ調律を松尾楽器さんに依頼して、いらっしゃったのが玉川さんでした。実はその前の会に別の方が来てくださったのですが、何となく気が合わなくて満足できませんでした。納得できる方にお願いしなくてはいけないと思いましたが、知っている方もいなくて、今度はどんな方が来るのか少し憂鬱でした。

玉川  そうでしたか。

― 玉川さんはこちらの話を聞いてくれて、こうして欲しい、ああして欲しいということに親切に対応してくださったんです。その時合唱団に調律の勉強中のメンバーがいて、客席でお仕事の様子を見学していました。前の方の時も見ていたのですが、「今日の調律師さん、とても良いですね」と言ってくれて。私は人柄がしっくり来ていたのですが、専門の人からの評価で自信を持って、その後は指名させていただくようになりました。

玉川  そうですか。出会いのタイミングが良かったのですね。

― 話を聞いてくれる調律師さんが初めてだったもので。ちょうど欲していた時に出会うことができました。それ以来、ご迷惑をおかけします。

玉川  いや、とんでもない。ありがとうございます。

― ご一緒したイベントを数えたら、25回ほどでした。調律師さんに学ぶことは多いです。毎回教えていただいています。



■調律師になった経緯


― 調律師になった経緯を教えていただけますか。

玉川  大学受験に失敗しまして、高校を卒業してから数年間アルバイト生活を送っていました。そのまま続けていくわけにもいかず、何の仕事がいいかと考え始めて、子供の頃は野球少年でしたが、並行してエレクトーンやピアノ、ギター、ドラムなどを広く浅く習っていたので、音楽に関わることで何か向いている仕事がないか探してみました。音楽関係の専門学校案内書にリストされている仕事を見ていて、「ピアノ調律師」が気になりました。ピアノは習っていましたが、自宅にピアノはなかったので、調律師というものを見たことはなかったんですけどね。

― 本当に白紙の状態からのスタートだったのですね。

玉川  はい。儲かる仕事かもしれないという裏心もありました。現実はそんなことはありませんでしたが。

― 調律師を目指すには、学校で勉強するのでしょうか。

玉川  現在は、ピアノ調律学校で学ばれる方が多いと思います。ヤマハやカワイの養成所や専門学校があります。その他では、工場で下働きをしながら技術を習得したり、優秀な調律師に弟子入りして、カバン持ちをしながら技術を身に付ける徒弟制度の様な形を経て、調律師になる方もいらっしゃいます。私は国立音楽大学の別科の調律科を受験して、運良く合格できました。

― どんな試験があるのですか。

玉川  珍しいことは、ピアノのユニゾンを合わせる実技試験がありました。チューニング・ハンマーでピンを廻して1本をきれいにしましょうと。でもそれまでにピアノ本体をしっかり見た経験もないし、調律の作業も知らないし、使う道具も初めて見ました。他にも筆記試験、音の試験、ピアノ演奏の実技試験もありました。ピアノは中学生までしか弾いていませんでしたし、他の人の演奏が聞こえてきて皆さん上手で、無理だろうと思っていました。

― よくできましたね。試験の科目は事前に分かっていたのですか。

玉川  分かっていました。その上でのチャレンジです。駄目でもともと。結果、男性が少なかったから取ってくれたのだろうと思っています。合格者18人で男性は4人でした。

― ご謙遜を。調律師は男性が多い印象ですが、そうでもないのですか。

玉川  昔はそうでしたが、今は女性が多いと思いますよ。

― 学校の授業はどのようなものでしょうか。大学と同じような仕組みですか。

玉川  2年間で、月曜から土曜の9時から5時までです。大学と違うのは、時限で分けられて休み時間があるような仕組みではなくて、9時に始まって5時頃までということですね。専門学校と同じようなシステムだったと思います。

― 楽しかったですか。夢が具体化してくるとか。

玉川  それが、辛かったですね。調律ボックスというのが各部屋1人ずつ割り当てられ、学部生曰く「部室みたいな建物」にアップライトピアノが1台ずつ用意されていて、ピアノの調律をひたすら合わせる作業をします。できると先生がチェックして、だめな箇所をたくさんマークされ、また最初からやり直し。初めはわからないことばかりで、狭い空間の中で一人、ああでもない、こうでもないと挑むのですが、それは喜びではないですね。それでもその先に何かがあると思いながら、モチベーションを上げて訓練を続けます。冷暖房のない部屋だったので特に夏場は暑くて窓を開けて作業をしますが、すぐ横を西武線が走っていくので、うるさくて。

- それはいい訓練ですね。その後はどんな環境でも調律が出来るような精神力というのか。

玉川  それが良かったかも知れないですね。でも今は冷暖房が入っているそうです。

- その作業を9時から5時まで続けるのですか。

玉川  そういう日もありますし、他にはピアノの製図を引くことや修理や製作の授業、物理や音楽理論、ピアノのレッスンもありました。

- 製作というのは、ピアノを作るのですか。

玉川  そうです。何人かのグループで各セクションを担当します。基本的には2年間で完成予定でしたが、後輩に引き継いで4年位で完成したと思います。私達の代は、響板、駒辺りからを担当しました。卒業後、完成したピアノを見に行きましたよ。

- 卒業には試験があるのですか。先生の前で調律するとか。

玉川  試験があります。整調、修理、特に調律に関して言えば、例えば、1年生はアップライトピアノで進級試験、2年生になると、グランドピアノになり卒業試験となります。実習で1台2時間、次の段階では1時間45分、1時間30分と少しずつ制限時間が縮まっていったと思います。重要なのは調律の精度で、先生がチェックして順位が出ます。採点されている時はドキドキしますよ。ピアノの仕組みを勉強する上で製作や修理という授業はもちろんありますが、基本は調律であって、ある程度、物になっていなければならないので、精度が重要なんです。

- 卒業後の進路の選択肢には、どのような道がありますか。

玉川  第一は楽器店、他には静岡の修理工場、チェンバロ製作の求人もありました。学校の歴史が古いので、先輩達が全国で活躍していて紹介してくれるということもありました。

- 玉川さんはどちらへ行かれたのですか。

玉川  私は武蔵野音楽大学の江古田校舎に調律室というのがあって、そこがタナカピアノサービスでした。

- なるほど、それが初めだったのですね。大学の中に調律の会社があるのですか。

玉川  そうです。大学の練習室やレッスン室のピアノを調律しますが、低音の巻き線を巻く機械なども大学の中にあります。どこかのレッスン室で弦が切れたとなると、ビューンと巻いて張りに行けます。迅速に対応できるのですね。

- 初めて知りました。一般に音楽大学には同じような仕組みがあるのでしょうか。

玉川  調律師が常駐していることはあるでしょうけど、修理の出来る工場(こうば)があるということは珍しいと思います。代室といって調律等の作業の間、代わりの部屋が準備できるような仕組みもありましたから、丁寧に調律もできてピアノも良い状態です。他の学校ではピアノを使用しない早朝や深夜の調律しかできないことがほとんどでしょうから。

- そちらで楽しかったことや辛かったお話はありますか。

玉川  辛かったというか、入社した翌年にベテランの方たちが独立等で4人退職しました。大学内の調律以外にコンサートの仕事もあるのですが、それは段階を経て養成していただくはずだったと思いますが、教えてくれる人たちがいなくなり、1、2年目からコンサートの仕事に携わるようになりました。今思えば、申し訳ないような気持ちです。

- 現場は一人で行かれたのですか。分からないことがあったら、どのように対応されていましたか。

玉川  一人です。分からないことも自分で何かしなくてはいけない状況です。例えば部品がなかったら、手持ちの材料を切ったりして、何かしら作らなくちゃいけない。毎回ただ必死なことだけで、頭がまわってはいませんね。

- その時は必死に、きっと毎日スキルも上がって行ったはずですが、ご自分では分からないですね。

玉川  そう。それが松尾楽器に入って分かります。前の会社では基本的な調整と調律精度等を鍛えられたのですが、調整の幅と言いますか、精度を含めて、もう一つ踏み込んだ技術力が足りなかった事を痛烈に感じさせられました。



- 松尾楽器さんに入られるきっかけを教えてください。

玉川  元の上司が松尾にいて、私を引っぱってくれて、紹介してくれました。試験を受けさせていただいて、入ることができました。

- すぐにご活躍されたのですか。

玉川  調律だけは大丈夫だとすぐに現場を任されましたが、調整等の精度が十分でなく、特に重要となる保守点検等の業務には携われず、現場に出ていても並行して研修を受けました。

- 松尾楽器さんに入られて、何が一番違ったのでしょうか。

玉川  スタインウェイの習性、マニュアルが完全には頭に入っていなかったことや、調整の精度が全く違ったということ。それまでそういうことを知らないでいたということです。

- 精度というのは、分かりやすくはどのような違いがあったのですか。

玉川  例えばピアノのタッチでしたら、88鍵のタッチを同じように揃える。他にも音色を揃えるとか。揃えるという精度ですね。揃える、整える仕事ですから。松尾に入って、徹底的に訓練を受けました。

- そうした訓練はどのように受けられたのですか。

玉川  最初は工場(こうば)で新品や修理のピアノの調整をして駄目出しをいただくような研修を、一ヶ月ほど受けました。しばらくして保守点検などに同行して作業をして、それをチェックしてもらったりしました。技術の仕事は他の分野も同じかと思いますが、実際に自分が手を入れなくては駄目ですね。作業や方法を、目で見たり耳で聞いたりするのではなくて、自分で手を入れて、それを客観的に正しく見てもらうことが必要です。ピアノを揃えるという作業は、手つきや目の角度など、身体で覚えなくてはいけません。

- 身体で覚えるということですか。

玉川  そうです。88鍵を揃える時には、いろいろな方向からチェックするのは必要ですが、ブレない状態をキープする事。同じ姿勢で、同じ角度で見て、目で揃えられるところは目で、指で揃えるものは指で揃える。そうすると身体で覚えるってことですね。もちろん耳の仕事ですから耳の訓練も必要ですが、全体として体感で覚える仕事と考えています。

- なるほど。最初は勉強しながら、並行して仕事していらしたということですね。松尾楽器さんに入社して、何年ですか。

玉川  今だって勉強ですけどね。20年目です、委託技術者として。

- ベテランですね。ちなみに整音というのは、分かりやすくはどのような作業ですか。

玉川  そうですね、本来は個々のピアノが持っている表現力というものを、最大限に引き出してやる作業です。ピアノに必要な音色の変化、例えばピアニッシモからフォルテシシシモまでの表現ができるように、ハンマーをほぐしたり削ったりという作業をします。ピアニストによっては、柔かい音が欲しいとか、逆に硬い音が欲しいと要望されることがありますが、そういった時の作業です。

- 現在はコンサートのピアノ調律のお仕事が主ですか。

玉川  そうです。コンサート業務が基本の会社ですからね。それ以外には、スタジオやホールでレコーディングをされる方の依頼や、ご家庭のピアノ調律に伺うこともあります。



■コンサート調律において心がけていること


- コンサートの調律をする上で、気を遣うことや心がけていることなどを聞かせてください。

玉川  まずはホールの空気感、どのような環境かを感じます。肌で感じる何か、温湿度も含まれますが。この環境の中でピアノがどのように変化していくだろうということを考えます。

- それはホールに入った瞬間にですか。

玉川  そうです。あとは、ピアノを拭きますね。

- はい、見たことがあります。

玉川  ピアノの塗料やホコリのサラサラ感やベタベタ感、そういったものを感じつつ、今日はやけに冷たいからピッチが上がっているかもしれない、そういうことを拭きながら想像します。作業を始める前に感じ取れる情報をなるべく自分に入れて、今日のホールの環境でピアノがどんな風に変化していくかを想像して、実際にどうしていくかを考えています。開けてみて作業をするのは、短い時間での作業ですから。

- 例えが良いかわかりませんが、騎手が馬を撫でながら状態を見ているのと似ていますね。その日のピアノの様子を診断するわけですね。

玉川  そうです。それが大事です。その判断が決まっていれば、あとは一通りの作業を進めていくだけです。その診断をなるべく瞬時に、しかし時間をかけた方がいい場合もあります。

- よく知っているホールのピアノだとイメージしやすいけれど、知らない現場だと大変ですね。

玉川  開けてびっくりということもあります。時間内に何とか仕上げますが、2時間では厳しいこともありますね。

- ホールやピアノの環境のほかに、コンサートの演奏者や演奏曲目や編成を考えながら調律するものですか。

玉川  ある程度は情報として必要ですが、あまり意識することはしません。もちろん、作曲家特定の曲を意識して調律、タッチ感をリクエストされる場合は対応いたしますが、その他はプログラムに様々な作曲家の作品が演奏されることがほとんどですし。それよりもピアノとしてどのように鳴ってくれるか、素直に作業をしたほうが良いという場合が多いと思います。ピアノの持つ本来の音質を引き出してやることです。また、ピアノの位置決めも調律と考えます。

- ピアノの状態や、例えばメーカーの違いによって、作業は変わるのですか。

玉川  基本的には一緒、ピアノはピアノです。ピアノの楽器としての本来のものを引き出すことができれば、スタインウェイはスタインウェイらしい音がして、ヤマハはヤマハらしい音がするものです。しっくりしていないとしたら、きっと本来のものが引き出されていないと思います。型にはめてピアノがこうしたいと言っているのに頭を押さえつけるような作業をしてしまうと、開放的でない音に仕上がったりするのでしょうね。

- ピアノ本来の力を出させてあげれば、スタインウェイらしい音やベーゼンドルファーらしい音が鳴るというものなのですね。

玉川  スタインウェイだから、ベーゼンドルファーだからこういう調律ということもあるのかもしれませんが、それはあまり考えないほうがいいと思っています。それぞれのピアノのボディが鳴ってくれて、開放的で伸びやかな音がすることをイメージして作業すれば、どのメーカーでも本質が現れてくると思います。だからなるべく素直に取り掛かります。その状態に仕上げてから、ピアニストの要望を伺ってリクエストに応えるようにしています。

- ご自身の体調が、調律に影響することというのはありますか。

玉川  あります。気候にもよります。耳の聞こえ方が変わるというのか、ピアノの鳴りが悪い、自分の耳もクリアではないのかという感じのこともあります。歌ではそういうことありませんか。

- あると思います。空気の重さというのか、湿度の高さというのか、何となくあります。

玉川  そうすると、お客様も同じような環境で聴くことになるのですが。ピアノが鳴っていないような気がする、自分の体調が、耳の状態が違うのかと感じる時はあります。

- そうした場合は、どのように判断していくのですか。

玉川  音を出してみて、表現力があるかどうかを確かめることはできるので、そうしたことで判断します。

- それは耳で判断するよりも、全体としての感覚や経験に基づくようなことですね。

玉川  そうかもしれません。ピアノの音の変化が富んでいるかどうか、音量や音色の変化があるかどうかは環境が変わっても判断がつくことです。空調で環境が変わってくれば、自分もピアノも状態が変わっていきます。自分の体調ということでは、耳の状態だけでなく肌で感じるものもありますね。あるけれども、特に気をつけていることはありません。



- コンサート調律の依頼では、立会いが無いことが多いですか。その場合は、何か特別な対処をされるのですか。

玉川  最近は多いです。立会いがない場合で、後から「狂っちゃった」という連絡をいただくことがあります。だから立会いが重要だということなのですが、それは仕方ないことですから、何とか音が狂わないようにとも思いますが、音色よりも音が狂わないこと、止めること、それをやり過ぎると音が詰まって伸びのない音になってしまうのです。

- 狂わないことに気をつければ、できないこともないということですか。でも、本来の音というものを抑えてしまうことになるのですか。

玉川  ですからそのバランスを考えて、狂ったとしても馴染んでいくように変化してくれれば良いのですから、変化が気にならない、むしろ華やかに聴こえてくるように変わっていけばいいと思います。実際は調律の時から数時間たって本番を向かえられるのですから、変化はしているんです。



■コンサートにおけるピアノ調律の役割
- コンサートの現場で「やりやすい現場」「やりにくい現場」というのはありますか。

玉川  そうですね、人間関係によるでしょうか。

- それは、ホール、主催者、演奏者、ということですか。

玉川  そうです、全ての方です。コンサートを成功させるためには、全ての方たちで一体感を持って取組む必要がありますよね。そのためにも上手くコミュニケーションをとることは重要です。

- 私の立場で言うと、ホールに入るとまず調律師さんが作業を開始されていることが多いですね。あまり知らない調律師さんの場合、その方によってその日の雰囲気が既に決まっているという経験が多くあります。大げさに言えば、もう取り返しがつかないと感じます。とても影響の大きい存在ということですね。ですから同じように、調律師さん側から感じることもあるだろうと思っていました。

玉川  挨拶することはもちろんですが、一言掛け合うことは大事ではないでしょうか。

- 話をしたくなさそうな方もいますね、目も合わさず急いで帰るような。

玉川  それは、本来のコンサートチューナーとは言えませんね。コンサートを手懸ける役割なのですから、ピアノだけに接するのではなく、バランスを聞いたり、鍵盤の影の具合や照明の角度にも気を配ったり、とにかくコミュニケーションをとることは必要です。

- 私の立場でもいざコンサートだとなれば、やる気というか気持ちが盛り上がってくるのですが、玉川さんも同じように感じられるということですね。

玉川  そうです、だってコンサートなんですから。

- コンサートは1日のお付き合いですよね。凝縮した内容のことを2時間の本番のために、それぞれの人が静かに進めていく、それはとても大切で面白いことだと感じています。だからこそ大事にしたいですね、朝一番がどのような雰囲気で始まるか、円滑なコミュニケーションが図れるか。

玉川  そうですね、朝の始まりと最後の終わり方、大事ですね。

- 「やりやすい現場」は人に尽きますか。

玉川  もちろんピアノが良い状態である方がいいのですが、それでもまずは人との関係ですよ。

- 調律師さんが作業をしている最中に、こちらもステージで作業をしなくてはいけないこともあるのですが、どの程度気になるものなのでしょうか。

玉川  一声掛けていただけた方がいいですね。ピアノの前を抜き足差し足通り過ぎていく方もいますが、自然にしていただいた方がいいです。調律師によっては、舞台に人を上げないでくれ、という人もいるでしょうけど。

- 合唱の演奏会だと、調律と同時に山台を組む作業をすることもありますね。ピアノ庫で調律をしていただくという選択肢もあるわけですが、本番の位置で仕上げるのが一番良いのですよね。

玉川  そうです、一番良いです。ピアノ庫は反響が違いますし、温湿度の管理が優秀な場合には、ステージの方が暑かったりもするし、難しいんです。

- ステージ上でピアノを移動することがありますが、それはリスクを伴うことですか。

玉川  グランドピアノはなるべく振動を与えないように、横方向にゴロゴロ転がす分にはそんなに影響はないと思います。縦方向の振動は嫌ですので、段差があったら皆さんで持ち上げ気味に移動していただくといいですね。



■調律師として嬉しかったこと、大変だったこと、困ること、実現したいこと
- 調律師になって、嬉しかったことはどのようなことですか。

玉川  コンサートの現場で、演奏者が笑顔で満足して終えてくれた時が嬉しいですね。袖で聴いていても、演奏者やお客様の様子で、上手くいっていることが感じられることがあります。逆に演奏が上手くいかなかったような時には居心地が悪いです。私はピアノに直接関わる人間ですから。

- 調律師さんが舞台の裏方なのかどうかは分かりませんが、コンサートを成功させるために働いている方たちは皆同じように言いますね。自分の仕事の一つ一つよりも、全体としてコンサートが上手くいって、演奏者やお客様が喜んでいらっしゃるのが、一番嬉しいと。

玉川  松尾の名刺の肩書きには「コンサートテクニシャン」と書いてあります。つまりは、コンサートを成功させるためのお手伝いをさせていただく仕事ということです。

- 主催者様によって、舞台の袖につく役割の方はいろいろな方がいらっしゃり、例えばリハーサルで助言や発言するのは大変気を遣うことだと思いますが、どの程度意見をお伝えするものですか。

玉川  指名でない時や、お付き合いの深くない方の場合は、なるべく口に出さないようにしています。ですが自分なりには聴いて判断しています。ピアニストとマネジメントの方で上手く進められている時に、わざわざ何か言わなくても良いと思いますので。

- 関係者の中で完結できていれば言うことはないということですね。何か聞かれたら発言するのですか。

玉川  はいそうです。その場で聞かれるということは迷っているということでしょうから、先にお2人が話していた内容を覆すようなことを伝える場合もあります。

- その場の状況や内容によって、接し方を考えるのですね。

玉川  主催者様によっては、ピアノの急なトラブル対応や、本番直前の最終調整として立会いを依頼されている場合もあって、外部から入っていくことを嫌がることもありますよね。

- ステージマネージャーや受付スタッフでも同じことがありますね。依頼された方によって、求める役割や定義は様々です。

玉川  信頼関係と、空気を雰囲気を読む力が必要ですね。



- 調律のお仕事で、大変だったことや困ることはどんなことですか。

玉川  困ることは、ピアノの不具合やトラブルが起きたときです。

- 起こりうるトラブルでは、弦が切れることが多いのでしょうか。

玉川  そうですね。他には湿度の影響で、関節部分の動きが悪くなることもあります。木材やフェルトや革のような湿度の影響を受けやすい材料ばかり使っていますから、水分を含むと膨らんで動きが悪くなります。

- コンサートの途中で不具合が起きて、ステージで作業をすることもあるのですか。

玉川  本番では弦が切れる時ぐらいです。以前、ジャズピアニストのコンサートの調律を受けていたことがあるのですが、とてもタッチの強い方で、ピアノのダンバーが飛んでしまったことがありました。2回公演で、ファーストステージ後に呼ばれて見たら、ダンバーがプレイリードックみたいになっていましたよ。もちろん、私の調整の詰めが甘かった事は言うまでもありませんが・・・。

- そんなことがあるんですか。

玉川  なかなかないことです。しかしピアノというのは、それなりに複雑な構造で音を出しているのですから、何かひとつが外れて音が出ないということもある。そういうトラブルは怖いですね。

- 弦が切れたときへの対応は、どのように準備しているのですか。弦を全て用意しているのですか。

玉川  それぞれ細さや長さが違いますが、全部かばんに入れています。ただ、巻き線部分は持ち歩けないので、ホールによっては一式置いていただいている所もあります。

- いつ切れるか、今日は切れるかもしれないと分かるのでしょうか。

玉川  難しいのですが、分かる時もあります。上げ下げの調整をしても音が変わらない弦があると、亀裂が入っている可能性があります。その時は覚悟を決めて、えいっと強くたたいてみます。そうすると大体切れてしまいますね。

- 弦の交換は時間がかかるものですか。

玉川  長いところは時間がかかりますよ。

- なるべく避けたいことですね。

玉川  切れた後で、「調律師はなぜわからなかったのかしら」と言われてしまうこともありますが、実際は分からないんです。精密な測定ができれば良いのですけどね。



- 今後実現したいことはありますか。

玉川  自分の引き出しをどんどん増やしていきたいと思っています。対応力のある技術者をめざして。ピアニストからリクエストをいただく時、抽象的な表現をされる方が多いですよね。「この辺何とかならない」や「宝石箱を空けた瞬間のような音が欲しいです」と言われた時に、その方の持っているイメージを感じ取らなくてはいけません。そのためには開ける引き出しがたくさん欲しいです。何を指しているのかを把握できる力というのでしょうか。言われたことと逆の対応をしたら、それが良かったという場合もあるんです。

- そうした「引き出し」は、どのように増やしていくものでしょうか。

玉川  場数を踏む、ということでしょうか。毎日の仕事の中で、自分で発見することもできます。まだ起こっていない事故に対しての心構えができる、いつかこんなことが起きたらこう対応できる、そうした発見があると良かったと思えますね。

- そうすると、日々新鮮なことが起こりうる仕事ですね。外部からは、毎回同じように調律をしていると思う人もあるかもしれませんが、やはり毎回新しい、違うことをしているわけですね。

玉川  そう、長くやっていても、こんなことも知らなかったと気づくこともありますよ。

- 玉川さんにとって、ご自身に調律師という仕事が向いていたと思う一番の要因は何ですか。

玉川  そうですね、子供の頃から目指していたというわけではありませんが、仕事として働いてみたら意外に合っていたということはありますね。結局は、孤独感。一人でできる作業が向いていたのではないでしょうか。あとは感覚的な仕事であること。

- 自分で完結できる仕事は魅力的ですよね。調律師って良い仕事だなと思います。

玉川  まあ、お手伝いです。基本的にはネジを廻す仕事ですよ。全て調整することです。

- いい一言ですね、「ネジを廻す仕事」。

玉川  技術を披露するというよりも、変化しているものを元に戻す作業なんです。



■プライベートなこと
― 子供の頃の夢を教えてください。

玉川  野球選手になりたかったです。少年野球のチームでファーストを守っていました。江戸川区に住んでいましたが、江戸川の土手に野球場がたくさんあります。巨人の選手になりたかったですね。今はベイスターズファンですが。

- 何がきっかけでベイスターズファンになりましたか。

玉川  高校卒業後のアルバイトで、後楽園球場の野球整理員というのをやっていました。当時は横浜大洋ホエールズでしたが、トレイシーという外国人選手がいて、とても紳士的で素敵でした。大洋のカラーに合っていてスマートで、大洋の球団の選手達のイメージを良くしていたと思います。

- そうでしたか。趣味は何ですか。

玉川  最近は特にないですね、かつてはボウリングをやっていました。ボウリング場が主催する大会やトーナメントに参加していたんですよ。

- 本格的にやられていたのですね。

玉川  そうですね。マイボールも8個ぐらい持っていましたね。レーンコンディションに合わせて使い分けるのですが。アベレージが200ちょっとぐらいで辞めてしまいました。仕事の都合で参加できないようになると、皆さんに迷惑をかけてしまうので。ダブルスを組んでいる方とかね。

- 今は、休日には何をしますか。

玉川  試合があれば野球を見に行きます。高校野球や大学リーグも見に行くんです。実は、昨日も横浜みなとみらいで仕事だったので、帰りに横浜スタジアムに行って横浜高校の試合を見てきました。

- そんなにお好きだったんですね。全く知らなかったです。
  意外なお話や有意義な内容をたくさん伺えました。今日はありがとうございました。



■玉川育哉 (たまがわ いくや)
東京都江戸川区出身、埼玉栄東高校(現 栄東高校)卒業、国立音楽大学別科調律専修修了。
平成元年 (有)タナカピアノサービス(武蔵野音楽大学調律室)、
平成7年 (株)松尾楽器商会委託技術者、現在に至る。



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