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『指揮者グッドオールの生涯』を読んで

2014年4月4日(金)

指揮者グッドオールの生涯―クライバーが讃え、ショルティが恐れた男(山崎浩太郎 著)

これまで感じてきたことを想起させてくれる内容で、興味深く読むことができました。
偶然、「ブルックナー交響曲8番」「トリスタンとイゾルデ第1幕への前奏曲」のCDを持っていて、指揮者の名前を覚えていたので手に取った本でした。CDの演奏は、お気に入りというわけではなかったのですが、その素朴な、人間を感じさせる音楽は印象的でした。

1900年代のイギリスの音楽文化、歴史の混沌をかいま見ることができました。
自国(イギリス)の指揮者が「わが国の歌手の声には力と輝きがない」と蔑み、他国の指揮者(クーベリック)が「イギリス人歌手はけっして大陸の歌手に劣らない。劣等感を持つ必要はない。」と弁護した。とか、イギリスはクラシック音楽の輸入国でありレコード大国である、首都にいくつものオーケストラが集中している、など、とても乱暴ですが、明治以降の日本との共通点を感じました。大陸の音楽芸術に疎外感を感じそれを自国のものにしようとする当時のイギリスの強い想いと、西洋音楽に憧れ学び続けた日本の想いが、ほんの少し重なる気がするのです。
CDを聴いていると、日本の朝比奈隆を思い出しました。おそらく各パートをしっかり弾かせ独自性を持たせた上でハーモニーを創ろうとしているのではないか。映像をみると、けっして理解しやすい指揮ではないのですが、それが、音楽の悠然とした流れや緊張感、立体的で明快な音色を生み出しているように感じます。(時折、弛緩、停滞を感じることはありつつも)

もうひとつ印象的だったこと。
デッカのプロデューサー、カルショウによる、史上初「ワーグナー“指輪”」全曲録音の指揮者「ショルティ」について。この録音を映画撮影に例え、主演のショルティは「当代の偉大なワーグナー指揮者」という役柄を演じきり、その後もその役柄を実際の歌劇場でもこなすようになる。なるほど、と思いました。

Reginald Goodall dirigiert Wagner: “Die Walküre”