東駿河混声合唱団第8回演奏会「ヘンデル:メサイア」を聴きに伺いました。
恥ずかしながら小泉ひろし先生の指揮するメサイアに接するのはこれが初めて。座席に着いてプログラムを見ると、管弦楽の錚々たるメンバーにびっくり、いやがうえにも期待が高まります。
コンサートプログラム(左)/終演後、西由起子さんと(右)
第1部が始まってすぐに引き込まれてしまった。私にとって自然に、まったくストレスなく音楽が進んでいく、ステージ上から何かをしようという恣意的なものを感じない。虚飾を排した高潔な演奏であり、音楽が今生まれているかのような生き生きとした表現が続く。それは何とも言えないあたたかさと厳しさの共存した世界でした。
これらは指揮者である小泉先生が創り上げたのだと感じた。音楽そのもの、作品そのものを見つめるその姿勢は孤高の信念と峻厳さが聳え立っているかのよう。そして、その棒に応える管弦楽の凄いこと、作品と共にある様式感が見事に創られ、溢れるように客席に伝わってくる。合唱もその空間に遜色ない落ち着いた歌唱で、素朴なイギリスの聖歌隊のような趣もある。特筆すべきはソプラノの西由起子さん。余分な力は皆無、詞の内容を過不足なく伝え、音楽に対して謙虚、誠実で、慈しむようにひとつの音を大切に奏でていく、その高貴な佇まいと清らかな歌は安心して身を委ねられる説得力に満ちていました。
長大な作品ですが最後まで演奏が弛緩することはなかったのは、やはり小泉先生の指揮によると確信する。“アラ”を探そうと思えばいくらでも見つけることのできる演奏だったかもしれない。しかしそれらをも包み込むほどに輝くばかりの成果が確かに存在した。作品に寄り添った解釈の大切さを感じつつ、客席の私たちは作品との深い一体感の中に浸ることができた。すばらしい体験であった。私たちは作品の姿が見える、そういう演奏を常に求めている。
東駿河混声合唱団創団10周年記念/第8回演奏会
ヘンデル:メサイア
指揮:小泉ひろし
ソプラノ:西由起子/カウンターテナー:上杉清仁
テナー:中嶋克彦/バス:星野聡
合唱:東駿河混声合唱団(合唱指揮:芹澤卓弥)
管弦楽:東駿河ハレルヤコンソート
2014年11月24日(月祝)14:00開演
長泉町文化センター ベルフォーレ 大ホール
偶然に聴いたアリーン・オジェーの歌う「シューマン:女の愛と生涯」がとても良かった。優しい語りのような・・・なんと素朴で純粋な歌だろうか。技巧によりかかることなく自然で、音楽的魅力が横溢する、品格に満ちた演奏だと思った。“演奏技術でどんな音楽をするのか”という根本的な問題についての明確な回答がここにあるかのよう。
プロデューサーの清勝也氏は言う
「ドイツ・シャルプラッテンでいろいろ録音をしている頃に僕が考えていたのは、ドイツ・リートはあまりにも詩の内容を外に出しすぎてきたのではないか、ということでした。≪冬の旅≫にしても、旋律もピアノの伴奏も完璧なくらい綺麗なのに、哲学的でしんねりむっつりした厭世的なところばかりが強調されているよう思っていました。シューベルトもシューマンもヴォルフも、もうちょっと人間が歌う喜びという方へ持っていきたかった。
結局≪冬の旅≫は、フォーゲルが思い入れを入れすぎず、シューベルトの旋律を非常に綺麗に出した演奏をしてくれて良かった。そしてシューマンの≪女の愛と生涯≫、これも凄い名曲なのに演奏となると難しいんですね。そういう意味で、オジェーのこの歌唱は思い入れすぎず、シューマンの綺麗なところを出していていいと思ってるんです。」
「シューマン歌曲集」(KICC9506)ライナーノートより抜粋
録音はまことに個性的で、今のオーディオファンには古臭いと一蹴されてしまうかもしれない。でも、この演奏に沿った的確なものであるという印象だし、むしろこの録音が演奏(CDとしての)の価値を創っているようにも感じられる。
※ドイツ・シャルプラッテン:東西ドイツの時代、東ドイツの国営レコード会社。東ドイツのレコード会社はシャルプラッテンのみであった。
※清勝也氏:徳間ジャパンコミュニケーションズのプロデューサーとしてドイツ・シャルプラッテンの日本版を担当した。
≪50周年≫髙田三郎作曲「水のいのち」は50年前の今日(1964年11月10日)、山田和男指揮・日本合唱協会によって放送初演されました。 移り変わりの早い合唱作品の中で、50年経った今でも多くの方々に愛され、歌い継がれている名曲です。ステージ初演は、1965年/指揮・辻正行デビューリサイタル(髙田三郎作品集)において行われました。
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「振るな!」「振るから歌うんだ!!」と大きな声で一喝されたのは「水のいのち」のレッスン初日、冒頭部分「降りしきれ雨よ」のフレーズでした。
(辻正行/回想「想い出すままに~師髙田三郎と共に~」
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「今までで一番良い“水のいのち”が演奏できた!」
(辻正行/2003年5月11日「その心の響き混声編Ⅰ」コンサート終演後)
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■髙田三郎合唱作品全集1“その心の響き”混声編Ⅰ
指揮:辻正行/ピアノ:辻志朗 /合唱:大久保混声合唱団
2003年5月11日 石橋メモリアルホール(ライヴ録音)
冬・風蓮湖/わたしの願い/水のいのち
●視聴はこちら
http://youtu.be/yoHkLxw8P38
●CD案内はこちら
http://homepage3.nifty.com/SINMUSICA/shinmusica/CD/CD-101.html
髙田三郎と姻戚関係にあった元島田市長・森昌也氏は、「水のいのち」について「森日記」の中で以下のように述べています。
髙田三郎は「水のいのち」を解説して、「これを水の一生と解する人もいるが、それはLife of Waterと「いのち」を解するからで、私はSoul of Water(魂)と解している」と言っている「いのち」については、「過程」と「構造」とが同居しているのだから双方とも正しい。しかし過程であり、構造であるところにいのちの特色がある。
「水のいのち」について髙田は「根源的」ということばをつかっている。髙田が追求している“いのち”は霊であった。その限りすばらしい。それは生、命、をこえその根源にあるものである。それは、生、命の苦しみを内に許している。その限りそれは無限であり、偏在である。
しかしそれを天霊ととらえていたかどうか、第5次元をみていたか、第0次元に至っていたか。彼のCatholicismはこれにどう答えていたか。
■第63回企画展「島田市名誉市民 森昌也展」
http://shinmusica.eshizuoka.jp/e1354508.html
11月1日は合唱指揮者辻正行先生の命日です。2003年11月1日に亡くなりましたので今年で没後11年となります。
シン・ムジカは創設時から、辻先生に多大なるご支援、ご指導を賜りました。そして、亡くなってからも辻先生の遺されたたくさん演奏や記録、辻先生に繋いでいただいた人脈にに支えられています。
今年11回目の命日を迎える辻正行先生のご冥福をあらためてお祈り申し上げます。
辻正行先生のプロフィール、墓地のご案内、全日本合唱コンクール静岡県大会・辻正行賞についてはこちら。
http://homepage3.nifty.com/SINMUSICA/shinmusica/tsuji.html
前半はリヒャルト・シュトラウス、後半はセルゲイ・ラフマニノフの歌曲という、おそらく歌い手にとっては、高い技術と精神性、集中力を要するプログラム。
身体の奥底から(それは生命からと言い換えられる)音楽を創っていくような取り組みは、彼女の育ててきた歌唱技術と共に、独自且つ孤高の世界を形成している。それは音楽家としての志とひたむきな姿勢から生まれるものであって、客席でも明確に感じ取ることができた。
特にラフマニノフは自家薬籠中とも言える演奏で、明晰且つ丁寧であり、曲が進むにつれドライブが効き、声の輝きが増していく、その凝縮力と集中力は特筆すべきもの。ピアノは、さすがに手の内にある演奏で時に歌をリードし、情感豊かな弾きぶりと音楽の造形力は他では聴くことはできないと思う。
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横山靖代ソプラノ・リサイタルⅦ
ピアノ:アレクサンダー・セメツキー
2014年10月22日(水)19:00開演
静岡音楽館AOI ホール
■アンコール■
R.シュトラウス「献呈」op.10-1
S.ラフマニノフ「なんという幸せ」op.34-12
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終演後、ご一緒したアルト歌手・小川明子さんと会食しました。2016年に予定している横山靖代さんとのコンサート企画のご相談や今後に向けての重要事項を多数ご教授いただきました。
近年、邦人作曲家による歌曲の発掘と演奏に力を尽くしておられる小川さんの最新映像をご紹介します。
VIDEO
≪イングリッシュ・テナー≫は、イギリス人テノールという意味ではない。ひとつの特徴的な声種を表す呼称である。たとえば、テノールとバリトンの間の声域を歌うフランス声楽界特有の≪バリトン・マルタン≫もそうだ。≪バリトン・マルタン≫といえば、伝説的歌手カミーユ・モラーヌ(1911-2010)が挙げられよう。かぎりなく美しく甘い声、軽やかでありながら深みのある歌唱は、今でも多くのファンの心をとらえて離さない。
●カミーユ・モラーヌ
では、≪イングリッシュ・テナー≫はどうだろう。まず思い浮かぶのは、イギリスの20世紀を代表する世界的作曲家ベンジャミン・ブリテン(1913-1976)の作品を数多く歌い、録音も多く残されているピーター・ピアーズ(1910-1986)である。彼の録音を聴くと、とにかく語る、そして、過度な表現はなく、内側に情感をたっぷりと秘めている。声は明るさがありソフトで抑制が効き、軽くも薄くもない。演奏からは“ことば”の役割の重要性を感じずにはいられない。演劇の国イギリスから生まれた演奏スタイルなのだ。
●ベンジャミン・ブリテン(右)とピーター・ピアーズ(左)
イギリスに留学し数々の受賞歴を誇るテナーで、イギリス声楽作品の研究家でもある辻裕久さんは言う。
イギリス人の愛してやまない、この「イングリッシュ・テナー」ですが、特徴としては、メロウでどこかメランコリックなあの音色が挙げられるでしょう。英語が持っているリズムや、言葉の軽快さなどが生きる繊細かつドラマティックな語り口、また実声と裏声とを混ぜるようにして出すピアニシモの表現も印象的です。私はこのスタイルが、イギリス独自の特徴的な文化背景と、イギリス人の国民性、嗜好の中から生み出されたものであると感じています。
その嗜好の源には、たとえば英国国教会の音楽に欠かすことのできない、聖歌隊の美しく透明感のある歌声であるとか、あるいは、スコットランド、アイルランド、ウェールズ、イングランド、それぞれの民謡の切々とした語り口、などが考えられるかもしれません。しかしそれらにも増して考えられる、最も大きな影響力、文化背景は、やはりイギリスが世界に誇る演劇の文化でしょう。
ピアーズの他には、明るく輝かしく演じるナイジェル・ロジャース(1935-)、美しい声を持つアントニー・ロルフ・ジョンソン(1940-)、鋭い感覚と誠実な語り口によって作品本来の魅力を引き出すフィリップ・ラングリッジ(1939-2010)、まるで紙芝居を語りだすような風情のジョン・エルウィス(1946-)、隙のない卓越した技術を持つイアン・ボストリッジ(1964-)、今を輝くマーク・パドモア(1961-)はなんと甘く切なく歌うことか。私の浅薄な知識と経験でも、これだけの人たちがその声と共に思い浮かぶ。いずれも品格とやさしさに満ちた歌声を聴かせてくれる。
●フィリップ・ラングリッジ(左)とマーク・パドモア(右)
彼らは独自の表現姿勢を持ちながら、しかし、≪イングリッシュ・テナー≫の伝統を踏まえ、その系統にあると私は思う。その歌唱は、きっとどの時代の音楽(作品)であってもかわらない。様式は異なっても要素のとらえ方は同じなのであって、まず言葉がありフレーズがある。古楽も、ロマン派も、現代歌曲も、彼らにとってアプローチは同じなのである。
≪続く≫
島田市博物館にて8/31まで開催しています。ぜひご来場ください。
森氏は作曲家髙田三郎と姻戚関係にありました。混声合唱組曲「水のいのち」に寄せての所感は森氏の文化人としての精神を示していると思います。
(写真:島田市博物館・川越遺跡・「森昌也展」図録より)
■豆知識
島田市では島田髷発祥の地として島田髷祭が催されているが、現在も花嫁が結う「文金高島田」は島田髷の一種です。
静岡県島田市名誉市民であり、元島田市長でもある森昌也氏は、作曲家・髙田三郎氏の奥様留奈子氏の叔父様にあたり、その縁で創られた「髙田三郎作曲:島田市歌」は今も歌い継がれています。
昭和28年、島田市長選挙に初当選してからの20年間、政治・経済が大きな変貌を遂げていく時代に、地方自治の発展、とりわけ、早くから海外に目を向け、文化施設の充実・地域文化の発展に尽力されたことは、この時代にあって注目すべき功績だと感じています。
ご興味をお持ちの方、お近くの方はぜひお運びください。
■島田市歌
http://www.city.shimada.shizuoka.jp/hisho/sinnsikakasikettei.html
■島田市博物館「島田市名誉市民・森昌也展」
http://www.city.shimada.shizuoka.jp/hakubutsukan/exhibitions/morimasaya.html
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森昌也氏は2013年5月7日、102歳でご逝去されました。私が初めてお会いしたのは4/24、
ご自宅を訪問したときでした。
「あなたは音楽の仕事をしていると聞いた。ずっと気なっていたことがある。
(髙田)三郎君に作ってもらった島田市歌は、町村合併に伴って詩が変わってしまった。
それでも今の島田市歌は三郎君の本当の作品と言えると思うか。
これまでこのことを尋ねられる人がいなかった。」
私は森氏のその言葉に導かれるように思いのままをお返事しました。
「そうですか。ありがとう。」と仰いました。
同伴者と涙したこの時間は一生忘れることができません。
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なかにしあかね新作歌曲のタイトルが発表されました!
9/7静岡江崎ホール&9/13東京・王子ホールで開催『第18回英国歌曲展』において、なかにしあかねの新作歌曲『妖精たちのうた』を初演いたします。もちろん、作曲家自身のピアノによる演奏となります。貴重な機会ですのでぜひご来場ください。
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テノールとピアノのための歌曲集『妖精たちのうた』
Song Cycle by なかにしあかね
Words by W.シェイクスピア(「真夏の夜の夢」より)
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■作曲家/ピアニスト なかにしあかね■
東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ大学院にて作曲修士号、キングスカレッジ大学院にて作曲博士号を修める。作曲を中西覚、北村昭、佐藤眞、南弘明、サー・ハリソン・バートウィスル各氏に、声楽伴奏法を、ジェフリー・パーソンズ、ハルトムート・ヘル、イアン・レディンガム各氏に、英詩朗読をゴードン・フェイス氏に師事。
第66回日本音楽コンクール作曲部門第1位及び安田賞受賞、国際フランツ・シューベルト作曲コンクール入賞ほか、吹田音楽賞、現音新人賞、深尾須磨子作曲賞など入賞、入選多数。ダーティントン音楽祭(英)、チェルトナム音楽祭(英)、フェロー国際現代音楽祭(デンマーク)、ブレッシア音楽祭(伊)、Japan Festival UK(英)他の音楽祭、NHK, 英国BBC他の放送局などにより作品が紹介され、国内外の演奏家から委嘱を受けている。作曲家、演奏家双方の立場からの「ことばと音楽」についての研究を続け、歌曲伴奏者としても「ベンジャミン・ブリテン歌曲集Ⅰ」(レコード芸術準特選)、「ベンジャミン・ブリテン歌曲集Ⅱ」(レコード芸術特選)「日本歌曲第1集」(レコード芸術準特選)、「ヴォーン・ウィリアムズ歌曲集~牧場にそって」(ALCD-7125朝日新聞・毎日新聞・音楽現代推薦盤、レコード芸術特選盤)、「日本歌曲第4集」(FMC-5055,5056)ほか充実した活動を行っている。平成17年度文化庁在外研修員として半年間ロンドンにて研修。 現在、宮城学院女子大学音楽科教授。 Handel Festival Japan実行委員。日本作曲家協議会、日本現代音楽協会、日本音楽著作権協会会員。
~シェイクスピア生誕450周年~
第18回英国歌曲展 辻裕久テノールリサイタルⅩⅧ
≪緑の木陰で≫
ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)・・・イギリス・ルネサンス期を代表する劇作家であり詩人。生誕450周年を記念して、古今東西の作曲家によるシェイクスピア歌曲の数々をお届けします。同じ詩でも、時代によって、作曲家によってまったく異なる世界を、なかにしあかねのトークと共にご堪能ください。作曲家・なかにしあかねの新作初演も必聴です。
■出演
辻裕久 (テノール) /なかにしあかね(ピアノ・作曲)
■プログラム
Ⅰ.バロック・古典・ロマン派のシェイクスピア歌曲
♪ボーダーレス!!作曲家達を魅了したシェイクスピア
Ⅱ.歌曲集『3つのシェイクスピアの歌』 曲:ロジャー・クィルター
♪英国歌曲のせつなくも美しいエッセンスの凝縮!!
Ⅲ.歌曲集『いざ花冠を捧げよう』 曲:ジェラルド・フィンジ
♪アイデアマン、フィンジがシェイクスピア作品に生命を吹き込む
Ⅳ.歌曲集 『エアリエルの歌』 曲:マイケル・ティペット
♪音は少なく表情は豊かに、シンプルにして最大の効果!!
Ⅴ.テノールとピアノのための歌曲集『妖精たちのうた』 曲:なかにしあかね【新作初演】
♪現代の新感覚シェイクスピア。一夜の夢?それとも・・・
■日時
静岡公演:2014年9月7日(日)14:00開演(13:30開場)
東京公演:2014年9月13日(土)18:00開演(17:30開場)
■会場
静岡公演:江崎ホール(静岡市葵区)
東京公演:王子ホール(中央区銀座)
■チケット
【静岡公演】
全席自由 前売 2,000円 (当日3,000円)
高校生以下1,000円(当日のみ取り扱い)
【東京公演】
全席自由 3,500円
※未就学児童のご入場はお断りいたします
■主催
(有)シン・ムジカ
■お問い合わせ・チケットお申し込み
(有)シン・ムジカ
電話/FAX:050-3712-0393/Eメール:shinmusica@mbr.nifty.com
ウェブ:http://homepage3.nifty.com/SINMUSICA/
■チケット取扱い
【静岡公演】
カンフェティチケットセンター
[電話0120-240-540(03-6228-1630)/オンラインhttp://confetti-web.com/ ]
TSUTAYAすみや静岡本店プレイガイド
すみやグッディおとサロン清水春日
【東京公演】
王子ホールチケットセンター
[電話03-3567-9990/ホームページhttp://www.ojihall.jp/ ]
個人的には「伴奏」という考え方があまり好きではないんです。たとえばヴィエニャフスキのヴォイオリン・ソナタなど、ヴァイオリンの超絶技巧を聴かせるための作品であれば、隙間を埋めるのがピアノの役割ということになる。でも歌曲の場合は、言葉とピアノの両方があって初めて成立する。もちろん視覚的注意をひくのはもっぱら歌手でしょう。でも音楽はピアニストと歌手の両方から流れてくるし、それが融けあって音楽になる。ですから歌曲もいわゆる室内楽のひとつとして考えるべきだし、たとえばイアン・ボストリッジのようなスーパースターと共演するときでも、単に「イアン・ボストリッジ・ショー」にならないように、ピアニストがすべき仕事を懸命にやるしかない。もちろん、スターと呼ばれる歌手の方々も楽器と声があってはじめてリサイタルが成立するのだということを、よく理解しています。声とともに音楽をつくる、そのためのピアノ演奏。これは生涯をかけて探求する価値のあるものです。
王子ホールマガジン Vol.44 2014 夏号
ピアノという仕事vol.16「ジュリアス・ドレイク」より
http://www.ojihall.jp/topics/topics.html